![]() 遊佐町のJR東日本羽越本線の吹浦駅から西北に約1Kmの海岸にこの名勝「十六羅漢」が日本海に突き出たかたちであります。 吹浦は、もともと漁村だったところで、多くの漁師が日本海の荒波に命を失ってきたのに胸を痛めた、海禅寺の第21代住職寛海和尚が、海難事故による諸霊の供養と海上の安全を祈り、衆生を救わんと、羅漢の造仏を念願して、発願したのが元治元年(1864)だったそうです。 寛海和尚は、自ら近村はもちろんのこと、酒田まで托鉢して勧化につとめ、また一方で、升川の石工たちを指揮督励して刻苦し、明治元年(1868)ようやく22体の磨崖仏を完工しました。 16の羅漢に釈迦牟尼、文珠、普賢の両菩薩、観音、舎利仏、目蓮の三像をあわせて22体といわれています。 |
吹浦港より、鳥海山を望む 左より、インガダ尊者、ビンドラバラダージャ 尊者、ジュバカ尊者 左より、舎利仏、普賢菩薩、釈迦牟尼、 目蓮、文珠菩薩 |
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